犬ブルセラ症とは?基本情報と小型犬に多い理由
犬ブルセラ症の概要
犬ブルセラ症(Canine brucellosis)は、「ブルセラ・カニス(Brucella canis)」という細菌によって引き起こされる感染症です。主に繁殖犬に発生する疾患として知られていますが、近年では一般の飼い犬においても感染例が報告されるようになり、注意が必要です。
この病気は慢性的な経過をたどることが多く、不妊や流産など繁殖障害を引き起こすことが知られています。また、まれに人にも感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)としても認識されており、特に免疫力の弱い方や高齢者、幼児のいる家庭ではより一層の注意が必要です。
小型犬に多い理由とは?
犬ブルセラ症は、どの犬種にも感染する可能性がありますが、特に小型犬に多く報告されているのにはいくつかの理由があります。
- 密接な飼育環境
小型犬は屋内飼育が一般的で、飼い主との接触頻度が高く、感染リスクが高まりやすい傾向にあります。また、ドッグランやトリミングサロン、ペットホテルなどで他犬と接触する機会も多く、感染経路が広がりやすい環境にあります。 - 繁殖利用の多さ
一部の小型犬種(チワワ、トイ・プードル、ポメラニアンなど)は人気犬種であり、繁殖に用いられることが多いため、感染の温床になりやすいという側面もあります。ブリーダーや繁殖者の管理体制によって感染拡大が起こることもあります。 - 症状が目立ちにくい
小型犬は体の不調を表に出しにくい傾向があり、初期症状に気づかれず放置されることもあります。これにより、感染が進行してから気づかれるケースが多くなり、発見の遅れがさらなる拡大につながることがあります。
感染経路の理解も重要
ブルセラ症の主な感染経路は、感染犬との交尾、体液(特に精液・膣分泌物・尿)を介した接触、または分娩時の排出物などです。これらの情報を踏まえると、多頭飼いやブリーディング環境での衛生管理の重要性が浮き彫りになります。
感染経路と症状:飼い主が見逃しやすい初期サイン

犬ブルセラ症の主な感染経路
犬ブルセラ症は非常に感染力の強い細菌感染症であり、以下のような経路で感染が広がることが知られています。
- 交尾による直接感染
最も一般的な感染経路です。感染犬との交尾によって、高確率でブルセラ菌がうつります。 - 体液を介した接触感染
感染犬の精液、膣分泌液、流産時の胎児や胎盤、さらには尿などに含まれるブルセラ菌が、皮膚や粘膜に触れることで感染します。 - 間接的な接触感染
犬同士が使う器具やトリミング台、食器、ケージなどを介して感染するケースもあります。ペットホテルやブリーダー施設での集団飼育環境では、特に注意が必要です。
飼い主が見逃しやすい初期症状とは
犬ブルセラ症の初期症状は非常にわかりにくく、以下のように軽微な兆候であることが多いため、見逃されやすい点が問題です。
- 食欲不振・元気消失
何となく元気がない、食欲が落ちたという程度で気づかれにくい傾向があります。 - 軽度の発熱
体温が少し上がっていても、通常の活動には問題がないため、見過ごされることが多いです。 - リンパ節の腫れ
特に鼠径部や頸部のリンパ節が腫れることがありますが、毛で隠れているため気づかない場合があります。 - 流産や不妊(繁殖犬の場合)
メス犬では流産や死産が繰り返されることがあり、オス犬では精巣炎によって不妊になることがあります。これらはブルセラ症の代表的な症状ですが、繁殖に関わらない場合は見落とされやすいです。
感染に気づかないまま生活するリスク
犬ブルセラ症は、発見が遅れることで他の犬への感染リスクが高まるだけでなく、前述のように人間にも感染する可能性があるため、早期発見と対応が重要です。
軽い症状でも、「何かおかしい」と感じたら獣医師に相談し、必要に応じて血液検査やPCR検査などを受けることが推奨されます。
早期発見のための検査方法と診断基準

感染を見逃さないための検査の重要性
犬ブルセラ症は症状があいまいで発見が遅れがちですが、感染拡大や健康被害を防ぐためには、早期検出が非常に重要です。特に繁殖に関わる犬や、多頭飼育環境にある犬には定期的な検査が推奨されます。
検査は動物病院で実施でき、感染の有無を明確に判断するためには複数の方法を組み合わせて行うのが一般的です。
主な検査方法
以下に、現在一般的に用いられている犬ブルセラ症の検査方法を紹介します。
- 血清学的検査(抗体検査)
感染に対する免疫反応(抗体)の有無を確認する方法です。
- RSAT(迅速凝集テスト):初期スクリーニングに使用される簡易検査。感度は高いが、偽陽性が出やすい。
- 2ME-RSAT:RSAT陽性の場合に行う確定検査。偽陽性を除外するために有用です。
- AGID(寒天ゲル内拡散試験):慢性感染の確認に有効とされます。 - PCR検査
ブルセラ菌のDNAを直接検出する方法。精度が高く、早期感染や慢性期でも検出が可能ですが、検査費用がやや高めであり、専門施設に依頼されるケースもあります。 - 細菌培養
血液、精液、膣分泌物などからブルセラ菌を培養して検出する方法です。確定診断に有効ですが、培養には日数がかかるほか、菌の取り扱いには高度な注意が必要です。
検査時の注意点
- 感染初期や抗体産生前の段階では、抗体検査で陰性となることもあります。そのため、**数週間後の再検査(ペア血清検査)**が重要です。
- 陽性判定が出た場合でも、複数の検査法を併用して診断を確定するのが望ましいとされています。
- 繁殖犬やブリーディングに使われる犬については、交配前の検査が義務付けられている施設もあり、衛生管理の一環として定期的なチェックが必須です。
診断がついたらどうするか
犬ブルセラ症が確定した場合、すぐに治療や隔離などの対策が必要となります。無症状の犬でも、他の犬への感染源になり得るため、**「陽性=対策必須」**と理解しておくことが大切です。
治療の現実と限界:完全治癒は可能か?

治療の基本方針
犬ブルセラ症の治療は、感染の根絶を目指すというよりは症状のコントロールと感染拡大の防止を目的とすることが一般的です。なぜなら、ブルセラ菌は体内のさまざまな組織に潜伏しやすく、抗菌薬だけで完全に除去するのが極めて難しいとされているからです。
使用される主な治療薬
治療には以下のような抗菌薬が使われます:
- ドキシサイクリン(テトラサイクリン系):長期投与により一定の効果があるとされています。
- リファンピシン(リファマイシン系):ドキシサイクリンとの併用で効果が高まる可能性があります。
- ストレプトマイシンなどのアミノグリコシド系:重症例では注射で使用されることもあります。
これらの薬剤は単独では治癒が難しく、複数を併用しても再発の可能性は高いとされています。投薬期間は少なくとも4〜6週間以上が目安とされます。
完全治癒の難しさ
犬ブルセラ症は以下の理由で**「完全な治癒」が難しい感染症**とされています:
- 菌の潜伏性:ブルセラ菌はリンパ節、脾臓、骨髄、性腺などに長期潜伏する性質があり、抗菌薬が届きにくい部位で生存し続けます。
- 再発のリスク:一時的に症状が消えても、免疫低下やストレスで再発することがあります。
- 薬剤耐性の問題:長期投薬によって耐性菌が出現する可能性もあります。
このため、獣医師の間では**「感染犬は生涯キャリア(保菌犬)」とみなすことが多い**のが現状です。
治療以外の選択肢とその考え方
状況によっては、治療以外の選択肢を検討することもあります:
- 去勢・避妊手術の実施:感染拡大防止のために、繁殖能力を断つ処置が推奨されます。
- 隔離飼育:他の犬への感染リスクを下げるため、家庭内や施設内での隔離飼育が必要です。
- 安楽死の判断:他犬や人への感染リスクが高い場合、やむを得ず安楽死が選択されることもあります。これは倫理的・社会的にも慎重に判断されるべき問題です。
飼い主が理解すべきこと
犬ブルセラ症に感染したからといって、すぐに命に関わるわけではありません。しかし、**感染を「封じ込める意識」**を持ち、他の犬や人への影響を最小限に抑えるための行動が強く求められます。
感染拡大を防ぐための予防策と飼い主の役割

感染を防ぐための基本的な対策
犬ブルセラ症は一度感染すると完全に治すことが難しいため、何よりも予防が最も重要な対策となります。特に小型犬や繁殖犬を飼育している家庭では、日常的な衛生管理と環境整備が感染予防の鍵を握ります。
以下のような基本的な対策を徹底しましょう。
- 新しい犬の導入時には検査を徹底する
新たに迎える犬、特にブリーダーや保護団体から譲渡される犬は、事前にブルセラ症の検査を受けているか確認し、必要に応じて再検査を行うことが望まれます。 - 交配前のスクリーニングを習慣化する
繁殖犬の場合、交配前の抗体検査やPCR検査の実施は必須です。感染犬との交配は感染拡大の最大リスク要因となります。 - 多頭飼育の場合は定期的な検査を実施
一頭が感染している場合、他の犬にも感染が広がっている可能性があるため、年に1〜2回の定期検査が推奨されます。 - 犬同士の接触環境を清潔に保つ
ドッグラン、トリミングサロン、ペットホテルなどの共有空間では、消毒や器具の清掃など衛生管理の徹底が必要です。 - 感染予防に有効な情報を定期的に得る
獣医師や行政の情報発信を通じて、最新の発生状況や予防策を知ることが感染防止の意識向上につながります。
飼い主に求められる日常的な行動
感染を防ぐためには、飼い主の行動が大きな役割を果たします。
- 犬の体調を日々観察する:わずかな体調不良や行動の変化にも敏感になり、早めに獣医師に相談する姿勢を持つことが重要です。
- 不特定多数の犬との接触を制限する:イベントや施設での集団行動を控えることも、感染リスクを下げる一手になります。
- 他犬との交尾管理を徹底する:血統管理だけでなく、感染症対策の視点からも、相手犬の健康状態と検査歴の確認は不可欠です。
万が一の感染に備える準備
仮に愛犬がブルセラ症に感染した場合、冷静に対処するためには以下のような準備が有効です。
- かかりつけの動物病院と相談体制を整えておく
- 家族や他の飼育犬との接触方法を事前に検討しておく
- 感染時の隔離スペースの確保や飼育環境の清掃マニュアルを作成しておく
このような事前準備が、感染時の不安や混乱を最小限に抑える助けになります。
人への感染と社会的影響:ズーノーシスとしての注意点

犬ブルセラ症は人にも感染する「ズーノーシス」
犬ブルセラ症を引き起こす**ブルセラ・カニス(Brucella canis)**は、人にも感染することがある「人獣共通感染症(ズーノーシス)」です。犬ブルセラ症がヒトに感染するケースは非常に稀とされていますが、可能性がゼロではないという点を理解しておく必要があります。
特に以下の人々は感染リスクが高いため、注意が必要です:
- 高齢者や小児など免疫力が低い人
- 妊婦
- 医療従事者や動物取扱業者(ブリーダー、トリマー、獣医師など)
ヒトが感染した場合の症状
人間に感染した場合のブルセラ症は、以下のような症状を引き起こす可能性があります:
- 発熱(波状熱)
- 倦怠感
- 関節痛や筋肉痛
- 頭痛
- 睡眠障害やうつ状態
これらの症状はインフルエンザなどと似ており、感染が見逃されることもあります。また、慢性化すると数カ月から数年にわたって不調が続くこともあり、早期の診断と治療が求められます。
日常生活における感染防止策
家庭内で犬ブルセラ症が確認された場合、飼い主や家族の健康を守るために以下のような対策を講じましょう。
- 感染犬の体液(尿・膣分泌物・流産物など)には直接触れない
- 糞便処理や清掃時には手袋を着用し、作業後は必ず手洗いを徹底する
- 犬が使用する寝具や食器は定期的に消毒し、共用を避ける
- 感染犬を同居人(特に高齢者や子ども)の寝室には入れないようにする
- 感染が疑われる場合は、家族も医師に相談し必要に応じて検査を受ける
社会的な影響と情報の共有
犬ブルセラ症の発生は、個人の家庭内にとどまらず、ブリーダー施設やペット業界全体への影響を及ぼす可能性があります。施設での集団感染が発覚すれば、営業停止や動物の隔離・淘汰措置が求められることもあります。
そのため、感染が確認された場合には:
- 速やかに獣医師に報告する
- 関係機関(保健所や動物保護団体)への情報提供を行う
- 他の飼い主への感染リスクを正しく伝える
といった、社会的責任を持った対応が重要です。
飼い主ができることの総まとめ
- 感染予防が最重要
- 定期的な検査と健康管理
- 感染が疑われたら迅速に獣医師へ
- 人への感染にも注意し、衛生管理を徹底
- 必要に応じて情報を共有し、感染拡大を防止