犬伝染性肝炎(アデノウイルス1型)とは?
犬伝染性肝炎の基本概要
犬伝染性肝炎(Canine Infectious Hepatitis)は、「犬アデノウイルス1型(CAV-1)」によって引き起こされるウイルス性の疾患で、特に若齢犬やワクチン未接種の小型犬に多く見られます。この疾患は主に肝臓を中心に腎臓や眼、血管系にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。
CAV-1は非常に感染力が高く、感染犬の尿・糞便・唾液などを介して容易に拡散します。自然界でのウイルスの生存期間が長いため、散歩中の接触や共用の水皿・食器などからも感染するリスクがあります。
小型犬がかかりやすい理由
小型犬種(チワワ、ポメラニアン、マルチーズなど)は、体力が弱く免疫機能が未熟な個体が多いため、感染症全般に対してリスクが高い傾向にあります。さらに、都市部での飼育が多く、多頭飼いやドッグランなどでの接触機会が多いことも感染拡大の一因となっています。
主な症状と進行の特徴
感染初期には、以下のような非特異的な症状が見られます:
- 発熱
- 食欲不振
- 嘔吐や下痢
- 元気消失
進行すると、肝臓にダメージが及び、黄疸や出血傾向、さらには神経症状が出ることもあります。急性型では命に関わるケースもあり、早期発見と治療が極めて重要です。
人間への感染はあるのか?
犬アデノウイルス1型は人獣共通感染症ではありません。つまり、人間に感染することはありませんが、家庭内で他の犬や動物に拡げてしまうリスクがあるため、感染犬の管理は慎重に行う必要があります。
感染経路とリスク要因

感染経路の詳細
犬伝染性肝炎(CAV-1)の感染経路は、主に感染犬の排泄物(尿、糞便、唾液など)による間接的な接触です。以下のようなシチュエーションでは、特に感染の危険性が高まります:
- 感染犬の排尿跡や糞便に鼻先を近づける
- 同じ食器や水入れを使用する
- ドッグランやペットホテルでの密集環境
- ブリーダー施設など、多頭飼育環境での接触
CAV-1は環境中でも比較的長く生存できるため、直接の接触がなくともウイルスが付着した物品や床などから感染するケースも報告されています。
小型犬が直面するリスクの特異性
小型犬は以下の理由から、CAV-1に感染するリスクが高いとされています:
- 体重に対するウイルス負荷の影響が大きい:体重が軽いため、少量のウイルスでも重症化しやすい傾向にあります。
- 免疫力が不十分なケースが多い:成犬であっても、適切なワクチン接種がなされていない場合は免疫が不十分です。
- 都市部での飼育率が高く、感染源との接触頻度が高い:ドッグランや公園など、多くの犬が集まる場所での散歩が日常的なため、無症状感染犬との接触リスクが常に存在します。
ワクチン未接種犬のリスク
生後8週間から16週間の間は、母犬からの移行抗体が減少していくため、ワクチン未接種の子犬は特に危険です。ブリーダーから迎え入れた直後やワクチンプログラムが未完了な時期は、特に注意が必要です。
また、年齢を問わず「ワクチン接種履歴が曖昧」な犬も、感染リスクを抱えている可能性があります。特に譲渡犬や保護犬の場合は、接種歴の確認が不十分なケースが多く見られます。
飼い主ができる感染予防行動
飼い主としては、以下のような予防行動が感染リスクを下げる上で有効です:
- 公共スペースでは他犬との接触を避ける
- ペットホテルやトリミングサロンの衛生管理状況を確認する
- 外出後の足拭きや体表の清掃を習慣にする
- ワクチン接種の有無を確認したうえで犬同士を交流させる
症状の見分け方と初期対応

初期症状の特徴と見逃しやすいサイン
犬伝染性肝炎(CAV-1)は、初期段階で風邪や胃腸炎と似たような症状を示すため、見過ごされやすい疾患です。特に飼い主が気づきにくいサインとして、以下のような症状があります:
- 元気がない(活動量の低下)
- 軽い食欲不振
- 発熱(熱っぽく感じるが平熱との差がわかりにくい)
- 目の充血や涙の量の増加
- 軽い嘔吐や軟便
こうした初期症状は、軽度であっても見逃すと急速に悪化するケースがあるため、普段の行動や食欲の変化を注意深く観察することが大切です。
進行後に現れる主な症状
病気が進行すると、より明確で重篤な症状が現れてきます。次のような症状が見られた場合、緊急性が高いと判断されます:
- 高熱(40℃以上)
- 黄疸(歯茎や白目が黄色くなる)
- 腹痛(お腹を触ると嫌がる)
- 出血傾向(鼻血、便に血が混じるなど)
- 角膜混濁(通称:ブルーアイ)
- けいれんや意識混濁などの神経症状
これらの症状が出た時点では、すでに重度の肝機能障害や全身症状が出ている可能性が高く、速やかな動物病院での診断・治療が必要です。
自宅でできる初期対応
症状を疑った段階でできる初期対応として、次の行動が推奨されます:
- 体温測定と記録
犬用の体温計を使い、直腸温で正確に体温を測定します。38~39℃が平熱であり、これを超えるようであれば発熱とみなします。 - 食欲・排泄の記録
食事の摂取量、排尿・排便の回数と状態を記録しておきましょう。動物病院での診断に役立ちます。 - 隔離措置
多頭飼いの場合は、疑わしい犬を他の犬から隔離し、接触や共用物の使用を避けるようにします。 - 早期の受診を手配
できるだけ早く動物病院に連絡し、症状や変化を伝えて受診のタイミングを相談します。早期治療により予後が大きく変わります。
注意点
自己判断で市販薬やサプリメントを与えることは避けましょう。特に肝臓や腎臓に影響を与える成分が含まれている可能性があるため、必ず獣医師の診断を仰いでください。
動物病院での検査と診断方法

診断の流れ
犬伝染性肝炎(CAV-1)が疑われる場合、動物病院では複数の検査を組み合わせて総合的に診断します。症状が非特異的なことが多いため、問診と視診だけでなく、血液検査や画像検査などの客観的なデータが不可欠です。
- 問診
発症時期、食欲の変化、発熱の有無、排泄状況、ワクチン接種歴、他の犬との接触有無などが問診で確認されます。 - 身体検査
体温測定、脱水の有無、目・口腔・腹部の状態などを視診・触診で確認します。
血液検査による評価
もっとも基本的かつ重要な診断手段が血液検査です。特に以下の数値に異常が見られることが多くなります:
- **ALT・AST(肝酵素)**の上昇:肝臓へのダメージを示唆
- 白血球数の増減:感染初期では増加、重症時は減少
- 血小板数の減少:出血傾向の確認
- ビリルビンの上昇:黄疸の指標
これらのデータを総合して、肝臓に炎症や壊死が起きているかを評価します。
ウイルスの特定検査
より確定的な診断を行うには、ウイルスの存在を特定するための検査が必要です:
- PCR検査:CAV-1の遺伝子を直接検出でき、高い精度があります。
- ELISA検査:ウイルス抗原や抗体を検出し、感染の有無や免疫状態を確認します。
- 尿検査・便検査:排泄物中のウイルス排出を確認する目的で行うこともあります。
※ただし、PCRやELISA検査は専門機関での検査が必要なため、外部委託となるケースも多く、結果が出るまでに数日かかる場合があります。
画像検査(エコー・レントゲン)
肝臓の腫れ、腹水の有無、脾臓や腎臓の状態などを確認するために、超音波検査(腹部エコー)やX線検査が実施されることがあります。これにより、他の病気との鑑別にも役立ちます。
診断までの所要時間
症状が明確で血液検査や画像検査で典型的な所見が得られる場合、来院当日に仮診断されることもあります。ただし、確定診断には外部検査機関の結果待ちが必要になるケースもあり、数日を要することもあります。
治療法と回復までの流れ

治療の基本方針
犬伝染性肝炎(CAV-1)に対する治療は、現時点ではウイルスを直接駆除する特効薬が存在しないため、「対症療法」と「支持療法」が中心となります。症状の進行度に応じて、入院治療が必要となるケースも少なくありません。
主な治療の柱は以下のとおりです:
- 脱水と電解質バランスの補正(点滴治療)
- 肝機能の保護と再生支援
- 感染・合併症の予防と管理
- 栄養状態の維持
脱水および電解質の補正
嘔吐や下痢、食欲不振が続くことで体内の水分・電解質バランスが崩れるため、まずは静脈点滴による補正が行われます。必要に応じて、糖分やビタミン、抗酸化物質も併用されます。
点滴は入院下での持続的な投与が望ましいとされ、状態が安定してきたら経口摂取に切り替えることもあります。
肝臓の保護と機能回復支援
CAV-1は肝細胞に直接ダメージを与えるため、肝臓保護のための薬剤が処方されます:
- ウルソデオキシコール酸(胆汁の流れを促進)
- 抗酸化剤(ビタミンEやS-アデノシルメチオニンなど)
- 肝機能改善薬(グリチルリチン酸製剤など)
これらの薬剤は、肝炎の進行抑制と再生促進を目的に長期間使用されることがあります。
抗生物質・抗炎症薬の使用
CAV-1自体はウイルスですが、免疫低下によって二次感染(細菌感染)が起こるリスクがあります。そのため、広域スペクトルの抗生物質を予防的または治療的に投与することがあります。
また、炎症が重度の場合は、症状を和らげる目的でステロイドや非ステロイド性抗炎症薬が使われることもありますが、肝機能への影響を考慮して慎重に判断されます。
回復までの経過と見通し
初期対応と治療が迅速に行われた場合、多くの犬は1~2週間で症状が改善に向かいます。しかし、肝臓へのダメージが大きかった場合、完全な回復には数週間~数カ月かかることもあります。
また、治療後もしばらくは以下のような管理が推奨されます:
- 定期的な血液検査による肝機能チェック
- 肝臓に負担の少ない食事への切り替え(療法食)
- 激しい運動の制限とストレスの回避
重症化した場合の対応
重症例では、黄疸、けいれん、出血傾向などが見られ、集中治療が必要です。まれに肝不全や播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし、命に関わるケースもあります。早期発見・治療が回復の鍵であり、自己判断で様子を見ることは非常に危険です。
予防法と飼い主ができる対策

ワクチン接種による予防が最も有効
犬伝染性肝炎(CAV-1)に対する予防手段として、最も確実で効果的なのがワクチン接種です。CAV-1の単独ワクチンはほとんど使用されておらず、一般的には「混合ワクチン(5種〜8種)」に含まれる**犬アデノウイルス2型(CAV-2)**のワクチンによって予防されます。これは交差免疫によってCAV-1にも効果があるとされています。
ワクチンスケジュールの基本
- 子犬期:
生後6〜8週、9〜11週、12〜16週の3回接種が推奨されます。 - 成犬期:
初年度以降は1年ごとまたは3年ごとの追加接種(ブースター)を継続することが重要です。
ワクチンの有効期間は製剤により異なるため、かかりつけの動物病院で適切なスケジュールを確認しましょう。
外出時の感染リスクの回避
ワクチンを接種していても、100%の感染防止が保証されるわけではありません。次のような行動で感染リスクを低減できます:
- ドッグランや公園では接触を最小限に
特にワクチン接種歴が不明な犬とは距離を取るようにしましょう。 - 共用の水皿やおもちゃの使用を避ける
ウイルスが物体表面に付着している可能性があります。 - 外出後の足・体の拭き取りを徹底
ノンアルコールの除菌シートなどを使い、体表のウイルス除去を心がけましょう。
多頭飼育時の注意点
1頭でも感染が確認された場合、他の犬への感染予防措置が不可欠です。以下を徹底してください:
- 感染犬を隔離し、ケージや食器類を共有しない
- 床や空間の消毒(次亜塩素酸ナトリウム希釈液など)
- 他の犬も早急にワクチン接種歴を確認・接種する
CAV-1は環境中でも長期間生存するため、室内清掃も重要です。
飼い主ができる定期管理と意識
- 健康手帳やワクチン記録の管理
年に1回はワクチン接種状況を確認し、記録を見直しましょう。 - 体調の変化に敏感になる習慣を持つ
「なんとなく元気がない」「食欲が落ちた」といった些細な兆候も見逃さないことが、早期発見につながります。 - 定期的な健康診断を受ける
年に1~2回の血液検査で、肝機能の異常を早期に察知できます。