小型犬に多い「水頭症」とは何か?
水頭症の定義と基本情報
水頭症とは、脳内の脳室という部位に脳脊髄液(CSF)が過剰にたまり、脳が圧迫される病気です。この状態が続くと、神経機能に障害が生じ、様々な神経症状を引き起こす可能性があります。ヒトだけでなく、犬にも発症することがあり、特にチワワ、ポメラニアン、マルチーズ、ヨークシャー・テリアなどの小型犬種に多く見られるのが特徴です。
小型犬に多い理由
小型犬に水頭症が多い背景には、先天的な頭蓋骨の形状や脳の構造が関係しています。特に「アップルヘッド」と呼ばれる、丸い頭部を持つ犬種では、脳脊髄液の排出経路が狭くなりやすく、流れが妨げられることがあります。また、遺伝的要因や胚発生時の異常も、水頭症の発症リスクを高めます。
発症時期とその傾向
水頭症は先天性と後天性の2種類に大別されます。先天性水頭症は、生後数週間から数ヶ月のうちに症状が現れることが多く、発育の遅れや行動異常が飼い主によって発見されるケースが一般的です。一方、後天性は脳炎、腫瘍、外傷などが原因で発症しますが、小型犬では先天性の方が圧倒的に多く報告されています。
よく見られる初期症状
水頭症の初期症状は見過ごされがちですが、以下のような変化に注意が必要です。
- 異常な鳴き声や夜鳴き
- 頭を押しつけるような行動(頭部圧痛)
- ふらつきやまっすぐ歩けない
- 知覚過敏または無反応
- トイレの失敗が増える
これらの症状が複数重なる場合、早期の獣医受診が重要となります。
正確な診断には獣医師の診察が必須
水頭症は見た目や行動だけでは確定できません。診断には神経学的検査、超音波検査、CTやMRIといった画像診断が必要です。早期診断が治療の選択肢を広げるため、日頃から愛犬の健康状態を観察することが重要です。
水頭症の主な原因とリスク要因

先天性水頭症の背景
小型犬に多く見られる水頭症の大半は先天性であり、生まれつき脳脊髄液の流れに異常があるケースです。脳脊髄液は脳の代謝老廃物を排出し、脳内の圧力を一定に保つ重要な役割を果たしていますが、先天的な構造異常によってその流れが妨げられると、脳室に液体が蓄積してしまいます。
具体的には、以下のような構造的問題が原因として挙げられます。
- 第四脳室や中脳水道の狭窄
- 脳室系の閉塞
- 髄液の吸収異常
遺伝的要因
特定の犬種における水頭症の発症頻度が高いことからも、遺伝的要素が大きく関係していると考えられています。とくに以下の犬種は水頭症の好発犬種として知られています。
- チワワ
- トイプードル
- マルチーズ
- ヨークシャー・テリア
- ペキニーズ
これらの犬種は、繁殖の過程で「ドーム型の頭部」や「愛らしい表情」を重視する傾向が強まり、結果として水頭症を引き起こしやすい頭蓋構造が選択されてきた可能性があります。
後天性水頭症の原因
一方で、後天性水頭症は、成長後や成犬になってから発症するもので、以下のような原因が考えられます。
- 脳炎や感染症(例:ジステンパー、トキソプラズマ症)
- 脳腫瘍による圧迫や閉塞
- 外傷(頭部への打撲や事故)
- 頭蓋内出血や血栓
- 脊髄液の吸収障害(高齢犬に多い)
後天性のケースでは、発症までに一定期間があり、急激な症状の進行を伴うことも多いため、迅速な診断と対処が不可欠です。
環境要因と飼育方法も重要
発症の直接的な原因ではないものの、飼育環境のストレスや不適切な運動、栄養不足などが症状を悪化させる引き金となる場合もあります。特に、頭を打ちやすい場所での飼育や、急激な運動の繰り返しは避けるべきです。
自宅で気づける初期症状と観察ポイント

水頭症の初期サインに気づく重要性
水頭症は、早期に発見できれば適切な治療によって進行を遅らせたり、症状の悪化を防いだりすることが可能です。しかし、症状の多くは他の病気と似たようなものが多く、飼い主が見逃してしまうこともあります。そのため、日常生活の中で愛犬の行動や様子に注意を払うことが極めて重要です。
行動・様子の変化で気をつけたいこと
以下のような変化が見られた場合、水頭症の兆候である可能性があります。
- 極端な夜鳴きや不安行動
特に夜中に理由もなく鳴くようになるのは、脳圧の上昇による不快感の表れかもしれません。 - 頭部を押しつけるような行動(ヘッドプレス)
壁や床に頭を押しつけるような仕草は、頭痛や脳圧の異常を示す可能性があります。 - ふらつきや不安定な歩行
平衡感覚を司る脳が圧迫されることで、歩行が不自然になったり、よろけたりすることがあります。 - 知覚過敏や逆に無反応になる
急に触られるのを嫌がるようになったり、名前を呼んでも反応しなくなることがあります。 - トイレの失敗が増える
これまでできていた排泄コントロールが乱れるのも、脳の機能障害が疑われるサインです。
身体的な外見の変化
特に先天性水頭症の場合、見た目の変化として以下のような兆候も現れます。
- 頭蓋の形が異常に大きいまたは丸い
- 泉門(頭頂部の柔らかい部分)が閉じていない
- 目の焦点が合わない、視線が揺れる(眼振)
- 斜視や視覚障害の兆候
これらはすべて、脳内圧の上昇や神経への影響が関係しています。
日常の観察ポイント
症状を早期に察知するために、以下の点を日常的にチェックしましょう。
- 食欲や水分摂取の変化
- 活動量や遊びへの反応
- 視線の動きや表情の違和感
- 歩き方、ジャンプ、階段の昇降
これらを記録しておくことで、獣医師に相談する際の有力な情報となります。
獣医師による診断方法と検査内容

正確な診断が水頭症の鍵
水頭症の症状は他の神経疾患と似通っているため、獣医師による正確な診断が不可欠です。自宅での観察によって異変に気づいても、それだけで判断するのは危険です。特に進行性の病気であるため、早期の専門的な検査と診断が愛犬の未来を左右します。
問診と視診による初期評価
診察の第一歩は、飼い主からのヒアリングです。以下のような情報が診断の手がかりとなります。
- 症状の出始めた時期
- 頻度と持続時間
- 行動の変化
- 発育や学習の遅れ
また、獣医師は視診や触診を通じて、泉門の開存や頭部の異常な膨らみを確認することがあります。
神経学的検査
次に、神経反射やバランス能力、視覚反応などを評価する神経学的検査が行われます。水頭症では、以下のような異常が確認されることがあります。
- 眼球の震え(眼振)
- 斜視や視覚障害
- 異常な反射反応
- 足の引きずりや方向感覚の喪失
こうした情報により、脳のどの部位に異常があるかを推定します。
超音波検査(エコー)
特に生後間もない小型犬に対しては、泉門を通して脳室の状態を確認できる超音波検査が有効です。泉門が閉じていない個体に限られますが、脳室の拡張の有無を比較的簡易に判断できます。
CT・MRI検査による確定診断
確実な診断のためには、**CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)**による画像検査が必要です。これにより、
- 脳室の拡張の程度
- 周辺の脳組織の圧迫状態
- 腫瘍や炎症などの合併疾患の有無
などを詳細に把握することが可能です。MRIはよりソフトティッシュ(軟部組織)の描写に優れるため、水頭症の診断には特に有効とされています。
髄液検査や血液検査も補助的に実施
必要に応じて、脳脊髄液の採取と分析や、感染症を疑う際には血液検査が行われることもあります。これは、後天性水頭症の原因を特定するために重要です。
水頭症の治療方法と進行管理

治療の選択肢は症状と進行度で変わる
水頭症の治療は、症状の重さや進行の速さ、犬の年齢や体力によって最適な方法が異なります。大きく分けて内科的治療と外科的治療の2種類があります。いずれの方法も、獣医師と相談しながら慎重に選ぶことが重要です。
内科的治療:薬で脳圧をコントロール
症状が軽度であったり、外科手術が難しい場合には、内科的な薬物治療が行われます。主な目的は、脳脊髄液の産生量を抑え、脳圧を下げることです。以下のような薬が用いられます。
- 利尿剤(フロセミドなど):脳脊髄液の量を減らす
- 副腎皮質ステロイド:炎症を抑えると同時に脳圧を下げる
- オメプラゾール:胃薬として知られていますが、脳脊髄液の分泌抑制にも効果あり
内科治療は症状を緩和する目的であり、根本的な治療ではありません。そのため、継続的な投薬管理と定期的な検査が不可欠です。
外科的治療:シャント手術で脳脊髄液を逃がす
症状が重度で、脳圧による神経症状が強く出ている場合には、**脳室‐腹腔シャント術(VPシャント手術)**が検討されます。これは、脳室にカテーテルを挿入し、余分な脳脊髄液を腹部へ流すことで、脳圧を恒常的に下げる処置です。
外科的治療のメリットとリスク:
- メリット:
比較的長期にわたり症状の改善が見込める。脳圧を安定化できることで、神経症状が軽減しやすくなる。 - デメリット:
全身麻酔と術後管理が必要。感染リスクやシャント閉塞、過排出による合併症も発生することがある。
この手術は、高度な設備と経験のある専門医による施術が推奨されます。
治療後の経過観察と生活管理
いずれの治療法を選択しても、定期的なフォローアップが非常に重要です。治療によって一時的に症状が落ち着いても、再発や進行の可能性があるため、以下のような対策を継続することが求められます。
- 定期的な神経学的チェックと画像診断
- 投薬の継続と副作用の確認
- ストレスの少ない環境づくり
- 高い場所へのジャンプを避けるなどの生活動線の工夫
また、術後は食欲や行動、排泄など日常の些細な変化を観察し、獣医師に逐次報告することが、再発の兆候を早期に発見する手助けとなります。
水頭症の予防と日常でできる対策

水頭症の予防は「早期発見」と「リスク管理」がカギ
水頭症は完全に予防することが難しい病気ですが、リスクを最小限に抑えるための対策を日頃から講じることが重要です。特に遺伝的な素因を持つ小型犬種を飼っている場合は、日常的な観察とケアが予防につながります。
信頼できるブリーダー選びが第一歩
先天性水頭症の多くは遺伝的要因に起因しています。そのため、小型犬を迎える際には、健康状態や親犬の病歴をしっかり開示してくれる信頼できるブリーダーや保護団体を選ぶことが大切です。
- 両親犬に水頭症の症状がないことを確認
- 泉門の閉鎖時期や頭蓋骨の形に異常がないかチェック
- 健康診断の履歴を明確に提示してくれるか確認
これらの情報は、水頭症のリスクを事前に見極める大きな手がかりとなります。
頭部への衝撃を避ける工夫
後天性水頭症は外傷が引き金となる場合があります。以下のような環境整備で、頭部への衝撃リスクを減らすことが可能です。
- ソファやベッドからの落下を防ぐためのステップ設置
- フローリングでは滑らないようにマットを敷く
- 活発な運動中の頭打ちを防ぐための安全空間の確保
- 散歩中は首輪よりもハーネスを使用し、首や頭への負担を軽減
定期的な健康チェックと行動観察
症状が軽微であっても、早期に発見して治療に結びつけることが予後改善に直結します。そのため、定期的な動物病院での健康診断に加え、日常生活で以下のポイントをチェックしましょう。
- 視線の動きに違和感がないか
- 歩行のバランスに変化がないか
- 急な性格変化(興奮、無気力など)がないか
- 泉門のふくらみや頭部の熱感の有無
些細な変化でも記録を残し、定期的に獣医師に相談することで、重篤な症状を未然に防げる可能性が高まります。
飼い主としてできること
最後に、水頭症と向き合う上で飼い主が心掛けたい姿勢として、次のような点が挙げられます。
- 愛犬の様子を毎日観察する習慣をつける
- 不安があれば自己判断せず、すぐに獣医師に相談する
- 治療方針に関しては複数の専門医に意見を求める
- 必要に応じてセカンドオピニオンを活用する
病気の進行を止めることは難しくても、適切なケアと環境があれば、愛犬は安心して快適な生活を送ることができます。